大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和40年(ワ)363号 判決 1971年12月08日

原告

蒲田明

原告

蒲田良子

右両名代理人

莇立明

平田武義

被告

財団法人向日町保育園

右代表者理事

川島甚兵衛

右代理人

田辺哲崖

田辺照雄

主文

一、被告は原告蒲田明に対し金七四一、二四五円、原告蒲田良子に対し金五八二、六四〇円およびこれらに対する昭和四〇年五月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一(事故の発生)

1  事故の発生に関する請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、事故の態様について検討するに、<証拠>を総合すると、

(1)  本件踏切は、ほぼ南北に走る阪急電車上り、下り両線を通行させるため、東西にのびる幅員約五メートルのアスファルト舗装道路の間に設けられたものであり、その長さは約一〇メートルでレール間には石畳が敷かれていること。また、右踏切は無人で警報付自動片側遮断機が設置され、列車が接近するとまず警報が「かんかん」と鳴り、ついでブザーが鳴つたのちに自動遮断機が動作して遮断棒が下り、列車が通過しおわると警報が止み、遮断棒が上がるけれども、列車通過後対向列車がくるときには警報が鳴りつづけ、遮断棒もそれが通過しおわるまでは下つたままになる仕組みであること、右にみた自動遮断機が動作した場合、右踏切東側は、道路南端から長さ約3.8メートルの遮断棒が下りるけれども、道路北端には約1.8メートルの間隙が残ること。警報が鳴りはじめてからブザーが鳴り出すまでに約一〇秒、さらにその後遮断棒が下りるまでに約七秒(第一回検証結果による。第二回検証では、それぞれ一五秒、九秒となつている。)かかり、警報が鳴りはじめてから上り普通電車先頭が右踏切に達するまでに約四三秒かかること。右踏切をゆつくり歩いて横断しおわるのに要する時間は約一〇秒であること。右踏切における電車の往来は非常に頻繁で、上、下線を二分ないし三分に一本の割合で通行していること。

(2)  訴外北村孝子は予防接種のため赴いた鶏冠井区事務所から被告保育園に帰園する途中、亡ももこを含む同園さゆり組(年長組)の園児二二名を引率して本件踏切にさしかかつたが、その際同園児らは二列となり、右北村が先頭になつて歩行し、その列の長さは十数メートルに達していたこと。同女は先頭を制止させ、全体をまとめるなど特段の行為に出ることなく、そのまま漫然と園児の先頭グループとともに踏切を渡り出したこと。渡り出してまもなく(おそくとも、踏切の中央付近に達したときに)警報が鳴りはじめたため、すでに踏切内に入つていた園児らとともにそのまま踏切を横断しおわつたこと、踏切内に入つていた四、五名は引き返したこと、遮断棒が下りたのち、上り京都河原町行特急電車が通過したが、まだ警報は鳴つたままであり、ひきつづき対向列車が通過することを示していたため、同女は向かい側の渡りおえていない園児らに対し、「まだよ、まだよ」と大声で言つたがその声が向う側に届いたかどうか分らなかつたこと、その直後に、踏切東側の遮断棒が届かない間隙の付近にいた亡ももこが突然飛び出して踏切を渡りはじめ、右北村が制止の合図をしたが及ばず、ももこは訴外佐竹忠則運転の下り大阪梅田行急行電車にはねられ、即死するにいたつたこと、

以上の事実が認められ、右認定に反する証人北村孝子の供述部分は措信せず他にこれを左右するに足りる証拠はない。

二(被告の責任)

1  訴外北村孝子の過失

ところで、園児二〇数名を一人の保母で引率して、本件のように警報付遮断機が設置されているとはいえ、遮断棒が短かく通行を物理上完全に阻止しえず、しかも電車の往来が二分ないし三分に一本の割合という非常に頻繁であるうえ、上、下線の交叉があるような無人踏切を渡る場合、園児らが渡り終えた者と、渡り終えていない者とに二分された状態で電車が通過することになると、園児らの一方は保母のつきそいなしに踏切を横断するのと同様の状態におかれ、まだ渡り終えない園児らが早く渡りたい心理にかられることは見やすい道理であつて極めて危険であるから、保母としては、園児が二分されることのないよう万全の措置をとるべき義務があるものといわなければならない。なお、被告は亡ももこが本件踏切において、京都行列車の通過後、ひきつづき対向の大阪行列車が通過するのを予知し、安全に身を処するだけの完全な能力があつた旨主張するが、前記各証拠ならびに鑑定人園原太郎作成の鑑定書、同人の証言に照らし、採用できない。これを本件についてみるに、前記認定のとおり、右北村は園児の列が十数メートルに達していたにも拘らず、踏切の直前でこれをまとめるなど特段の措置をとることなく、そのまま園児の先頭にたつて踏切に入り、しかも渡り始めてまもなく、おそくとも踏切の中央に達するまでには、警報が鳴り出しているのであるが、前記のとおり、警報が鳴り出してからブザーの鳴り出すまで約一〇秒、さらにその後遮断機の降りるまで約七秒かかり(第二回の検証の結果によると右の時間は、それぞれ一五秒、九秒である)、また踏切の長さは約一〇メートルでゆつくり歩いても約一〇秒で横断できるのであるから、たとえ踏切の中央に達した時に警報が鳴り出したとしても、ただちにひきかえせば、ブザーの鳴り出す前に園児全員を踏切の外に出すことができたことが窺われ、しかも証人北村孝子(第一回)の証言によれば、同人は以前にも本件踏切を園児を引率して渡つたことがあり、その状況をよく知つていたことが認められるのである。従つて同人には、警報が鳴り出した時に、ただちに引き返して園児らが二分されることを防止すべき義務があり、しかもそうすることが十分可能であつたにもかかわらず、同人はこれを怠りそのまま踏切を渡り、そのため園児らは二分されてしまい、ために保母のつきそいを失つた亡ももこが遮断棒の欠けた部分から飛び出し、本件事故にいたつたものということができる。

保母が踏切手前に居てつきそつておれば、ももこが本件踏切に飛び出すことを防げたことは明らかであるから、ももこの死亡は右の訴外北村孝子の過失により生じたものということができる。

尚原告は保母である訴外北村孝子が帰路の選択を誤り安全なガード下の道を通らず危険な本件踏切を通過する道を選んだこと自体に過失があると主張するが、右述べたように、本件踏切を渡る際に執つた行動に原因があるのであつて右の帰路の選択そのものが、本件事故と直接結びつくものではないからこの主張は採用出来ない。

2  (被告の責任)

被告の責任原因に関する請求原因(二)2の事実は当事者間に争いがない。よつて、被告は、本件事故に基づく損害につき、右北村の使用者として、責任を負うべきである。

三、(損害)

(一)  亡ももこの得べかりし利益

前述のとおり、亡ももこは本件事故当時満六才三月であり、厚生省作成の生命表によると、六才の女子の平均余命が六〇年以上であるから、本件事故にあわなかつたとすれば、すくなくとも、満二〇才から満六〇才に達するまでの四〇年間、何らかの職業に就いて収入を得ることができたものと推知され、その収入額が全期間を通じて一ケ月当り一二、〇〇〇円を下ることがないことは当事者間に争いがなく、また右収入を上げるのに要する生活費等の必要経費は全期間を通じて収入の七割をこえないものと認められる。そこでももこの右得べかりし利益を年毎マフマン式計算方法により、民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故時現在の一時払い金額に換算すると、以下のとおり金六六五、二八〇円となる。

(計算式) 12,000×12×0.3×(25.8−10.4)=665.280

但 25.8……54年のホフマン係数

10.4……14年の  〃

従つて、ももこは本件事故により右同額の損害を被つたことになる。

(二)  相続

原告らがももこの両親であることは前述のとおりであるから、原告らはももこの死亡により各二分の一の法定相続分に応じて、それぞれ金三三二、六四〇円ずつ右損害賠償請求権を相続したものというべきである。

(三)  葬儀費用

原告蒲田明が、ももこの葬儀費用として金一五八、六〇五円を支出したことは当事者間に争いない。

同原告が諸経費、親類、知人、友人等への謝礼その他として金三五、〇〇〇円を支払つた事実を認めるべき証拠はない。

(四)  慰藉料

愛児を失つた原告らの精神的苦痛は計り知れないものがあり、その苦痛を慰藉すべき額は、原告らにつきそれぞれ金二五万円と認めるのが相当である。

(五)  総計

上記の各損害額を合計すると、原告蒲田明において金七四一、二四五円、同蒲田良子において金五八二、六四〇円となる。

四、(過失相殺)

前記認定のとおり、亡ももこは警報が鳴り続け、遮断機が下りたままになつているのに、踏切内に飛び出したため、本件事故に遭遇したことが明らかである。被告はももこの右過失を損害賠償額の算定にあたり考慮すべき旨主張している。よつて検討するに、前記一、二の項で述べたように、亡ももこにとつては園児の列が踏切を距てて二分され、引率者である保母が先に渡つて踏切の向う側に居ることや、踏切の遮断棒の先三分の一程が欠けていること、そうして、警報が鳴りつづいていたとはいえ、京都行列車が通過し、それと行違いに大阪行が通過するといつた特殊な状況の下において、普通ならば踏切における適当な対処行動をとり得る能力があつたとしても、かような場合の状況判断をする能力には欠けて居たと見るのが妥当である。

また仮にももこに右の能力があつたとしても、保育園の保母は、とくに園外保育の場合、幼児である園児らに自らを守る能力が欠け、あるいは不十分であるため、それを補い園児らが外部からの危険あるいは園児自らの不注意に基づく危険から守るのを職務としている。即ち保母は、園児らが負つている自らを守るべき義務を園児らに代つて引き受けていると見るべきである。従つて、保母である監督義務者は本件踏切のような上り電車と下り電車が同時に交又するような場合、園児らが判断を誤る虞が多分にあるのであるから、全園児を踏切手前に待機させて保母が先頭にいて制止して、その判断力の不足を補い、本件のような事故の発生を防止すべきであつて、本件のように保母が先に渡つてしまい、反つて事故を誘発するような行動に出た場合は、園児の過失を損害賠償額算定にあたつて斟酌することは相当でないというべきである。

五、(和解契約)

本件事故後、被告が原告らに弔慰金一〇万円を支払い、被告保育園の理事長兼園長脇坂作次郎、主任保母井崎貞子、引率保母北村孝子が辞職し、ももここの葬儀が原告らの希望で被告保育園でキリスト教式で行なわれたこと、これらの点につき(1)前記一〇万円は補償金として支払われた、(2)原告らが、訴外脇坂らの辞職を求めた、(3)ももこの葬儀は園の費用で園葬としてなされた。との誤解が被告保育園の園児保護者の間に広まつたこと、そのため原告らが昭和三九年九月に被告に対し、右の(1)ないし(3)の誤解を解くための文書を出すよう求めたこと、被告が同年一〇月一〇日付で(1)前記一〇万円は弔慰金として支払われたこと、(2)原告らが訴外脇坂らの辞職を求めたことはないこと、(3)ももこの葬儀は園葬ではないことを記載した文書を、被告保育園の園児保護者に配付したこと、以上の事実は当事者間に争いない。

ところで、被告は原告蒲田明から昭和三九年九月に被告が前記のような誤解を解くための文書を園児保護者らに出してくれたら、今後一切この事故に関して被告に苦情をいわないと申し入れてきたため、右のような文書を送付したものである旨主張し、<証拠>中には右の趣旨が窺われる部分があるけれども、原告蒲田明は誤解を解くための文書を出すよう申し入れただけで、今後一切苦情をいわないと言つたことはないと供述しており、また、同原告が前記のように被告に対し、被告保育園から受取つた金一〇万円は補償金でなく弔慰金であることを明確にするよう求めた経緯に加え、右各証拠ならびに証人熱田公の証言から窺われる本件事故発生後被告側が原告らに対しとつてきた必ずしも責任を十分認識したものではない態度に鑑みると、原告の要求した前記のような措置は被告の道義的責任を追及するためのものであつたと解する余地があり、これらの諸事情を考えあわせると、前記の各証拠はにわかに信用しがたく、他に和解契約の成立を認めるに足る証拠はない。

六、(結論)

以上の事実によれば、被告はその被用者である訴外北村孝子の不法行為に基づく使用者責任を原因として、本件事故による損害賠償として原告蒲田明に対し金七四一、二四五円、同蒲田良子に対し金五八二、六四〇円およびこれらに対する本件事故の日の後である昭和四〇年五月一四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて原告らの請求は右の限度で正当であるからこれを認容し原告らのその余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(山田常雄 伊藤博 房村精一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例